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魔の数字


数字はどのシーンにおいても、結構大事で、物事を明確にしてくれる。USJをV字回復に導いたと言われている森岡毅さんの講演会でも、数字によるデータ分析(マーケティング)を目の当たりにして、ご自身のダイエットにおいても、運動、食事等の因子と、体重という結果の間にある関数を解明しており、あー、数字って恐ろしいと個人的に思っていた。

そして、近くにいる馬さんも実は、数字に強くて、昔からやっている競馬の影響からなのか、何でも数字を記録して分析したがる。ネットで海外の論文まで見に行ける便利な時代になったからなおさら、エビデンスは楽しいねと、自分のトレーニングやら、かんちゃまんの記録やら、家計のやりくり(私がやったら家庭崩壊する)など、これがこうなるということはこういうことなんだよと説明してくれる。が、理系だったとは思えないくらい数字アレルギーの私は、大体そんな時はふむふむと言いながら上の空。

しかし、そんな私でも今回は、まさかの出産で、その数字の恐ろしさを目の当たりすることになる。

というのも、今回も私の意志で一人で出産に望んだのだけれど、いわささんは最初から分娩室で処置から出産まで終えるので、一人になる時間は少なく、ずっと助産師さんがそばにいてくださった。だから、前回はあえて聞くこともなかった機械や点滴などの話もしなかった。が、ここで裏目に出たのが私のわからないことはすぐ聞く「I have a question!」精神。あの機械のあの数字は何ですか、点滴のあれは何ですかと、まだ陣痛が進む前に、すべて聞いてしまったのでR。

今まで知らなかったからやりすごしていたのに、知ってしまったから、今の自分の状態、陣痛の感覚、点滴の内容や速度を、数値で見事に把握することに。陣痛でも、絶対こっちの方向が楽なのにと思う方にその機械や点滴があるから、嫌でも目に入ってきて、かなり後悔をした。結局楽な方向はその数値が気になり過ぎて諦め、逆方向で耐えることに。

そして、最後に陣痛MAX、出産という時に助産師さんに、あ、すみません、今、そちらに行けないので、反対側のナースコールボタン押してください!と言われ、あの数値達の方向を向き、力いっぱいナースコールを押すという猛烈な一撃をくらった。といっても、その時は数値なんてぶっ飛ぶくらいの痛みで、もういきまないでなんて、むりーの極地だったわけだけれども。

しかし、数値を改めて嫌いになり、自分の知りたがり精神も裏目に出るとこうなるのかと学習した出産でありやんした。

写真は入院中、かなりお世話になった充電式の湯たんぽと、ちく○が切れた時にすぐ治った羊さんの毛の油(ラノリン100%)、ランシノー。

posted by Asako | 13:23 | - | comments(0) | - |
特別なぷにぷにの出産


1月6日15時10分に2808gの次男を無事出産。翌日に会いに来たお兄ちゃんは弟を見て、優しく触り、うわー、特別なぷにぷにだーと喜んでおり、翌日の登校初日で冬休みの出来事で弟が生まれましたと発表したそう。

さて、今回の出産ですが、やはり8年前と何も変わらず、朝8時にタクシーで、じゃ、行ってきます!とリュック一つを背負って家を出発。その後、すぐに着替えて朝9時に子宮口を開くため、あの魔の風船を挿入。が、経産婦だから、あの痛みはなく、あら?首の手術の方が痛かったなぁと拍子抜け。その後、分娩室へ。

昔から注射や採血の度に、血管が見つかりづらいと言われており、今回も一回目失敗。最終的に10時に利き手の太い血管で、促進剤の点滴スタート。お腹の張りが始まり、陣痛って何だっけ?と余裕をこいて、周りの器具の話(魔の数字参照あれ)や産婦人科の話などしていたら、きた、陣痛が。あの下腹部を襲う激痛が。。。

気を紛らわすために、なにか、なにかないかと思っていたら、赤ちゃんの心音が、いろいろな音に聞こえてきた。まずは、とんぶりの寝言のバフッ音。ずっと、バフバフバフバフに聞こえてきて、とんぶりーとなり、次はかんちゃまんの声で、わっしょいわっしょいわっしょいからの、よっこいしょよっこいしょと、私が妊娠後期に彼が私によく声をかけてくれた掛け声に聞こえてきた。しかも、最後の心音はとどめかの様に、ろかろかろかろかの響き。まだ、生まれてないのに次男の名前が聞こえてきたーと、一人分娩なのに、心音から応援隊が。

12時の時点で、風船がはずれていないか、子宮口の開きを見てくれたのだが、進んでないなぁとの助産師さんの一言に、経産婦だから、私の今日の気持ちは、もって17時までですよ、それまでしか、気力持ちませんと内心思っていた。しかも、空腹感が追い打ちをかけ、あー、長期戦かぁとモチベーションダウン。

そして、午後2時、助産師さんが尿を管で出してくださった後、状況が一変。膀胱のふくらみが減ったので、赤ちゃんが一気に下がってきて、陣痛の感覚も短くなったのでR。助産師さんも、え、こんなに早いの?!となり、風船とれーの、破水しーので、院長に分娩始まりそうですと連絡をいれてくれた。私も長期戦かと思っていたので、分娩に向けての心持ちが準備できておらず、かんちゃまんの時と異なり、呼吸とパワーのペース配分がごちゃごちゃに。案の定、過呼吸になり、母、手足のしびれがすごく、酸素マスクをつけられる。あ、もう、いきみたいという私に、まだまだまだ!と助産師さんにストップをかけられ、今、そちらに行けないから、ヘルプを呼ぶため、ナースコールを押して!と言われる。キモチ飛びそうになりながら、ナースコールのボタンを押す。全員揃ったところで、分娩開始。ワンプッシュ目、なんだか、中途半端ないきみ方を感じながら、あとワンプッシュでいくよ!と言われ、あと一回でいけるのかと気合いを入れて押し出す。血液が飛ぶ感覚があったものの、息子の泣き声が聞こえ、顔が見えたので、一気に気が抜けた。

なぜプッシュ2回だけでだったのかは、赤ちゃんがへその緒の絡まりがあり、長く産道に置いておけないという判断で、早めに会陰切開をしてくださった。胎盤はすぐ出たのだけれど、私自身の子宮も破れて?しまったみたいで、術後は中と外を縫合。また、出血もあったので、出産後、2時間は手術と点滴で分娩室に。点滴時(16時)に、15時のおやつまだあるみたいだけれど、食べれないよね?と聞かれ、欲が勝ち即答で食べます!と、生まれたばかりの次男を見ながら、幸せだなぁとおやつをすべて食す。

生まれたばかりのろかさんは、私の顔に似てるような、いや、私の祖母(母方)に似ている!という印象。

今回、よく助産師や看護師のみなさんに聞かれたのは、ご主人が立ち会えなくて、残念でしたねぇと。いや、長男の時もそうですが、私の希望なんですと言うと、あれ、触れちゃいけない?みたいな空気が流れ、いや、人がいると私が気持ち的に甘えるのと、気を使いたくないんですと言って、あー、そうなんですね、今どき珍しいと言われた。今はどなたかが立ち会う方がほとんどだそうで、反対に私が驚いたほど。でも、今回は助産師さんがずっと近くにいてくださったので、やはり、前回よりも痛いとか、もう、我慢できないかもと甘えが出ていた気がして、私は昔から自ら過酷な?厳しい?環境に身を置かないとダメな人間なんだなと改めて感じた。

さて、出産してから現在、3週間近くの息子さんは、ありがたいことに、お布団で一人で寝まして、3時間ごとにきっかり起きる。あと泣くのはオムツが気持ち悪いときだけ。今のところ、乳腺炎にはならず、第一子の時よりも体の回復が早く、外出も苦にはならず。かんちゃまんもせっせと弟くんのお手伝い?いや、母にこき使われ?助かっている。

posted by Asako | 11:42 | - | comments(0) | - |
いわさレディースクリニック


今回の出産ももれなく、馬さんが産院の候補を上げてくれまして、一般家庭だし、貧乏性の私はいいよ、お金のかからないその辺のところでは決まらず、ちょっと贅沢な産院で次男を産んだわけで。今回は交通の便と、雰囲気と、高齢ということもあり、お医者さんの安心できるところで、ということで、いわささんで。

のちのちわかったのだけれど、かんちゃまんの学校でも、婦人科や産院良かったよ!の候補であがってきたのが、いわささん。

ベルンの森と比較すると、いわささんは院長さんが中心なので、流れ作業感がなく、患者さんそれぞれをしっかり診てくれる感じ。キモチの安心度を記号で表すと、ベルンの森は、医師≪助産師さん。いわささんは、院長さん≧助産師さん。いわささんの助産師さんや看護師さんの皆さんも、よく声をかけてくださり、ちょっとした雑談を楽しんで良い気分転換に。

お部屋もちょうどいいサイズの個室で、お土産も後日すぐ使えそうな実用的なモノばかりでありがたかった。写真を動画にして、1ヶ月検診で渡してくださるDVDのプレゼントもあり。

食事はベルンの森と変わらない、毎回フルコース的な料理。食べることが大好きな私は、実は陣痛中から、いつのタイミングから食べられるかなぁと、逆算していた。今回はお正月明けということもあり、七草粥やおやつにおしるこ(かんちゃまんがちょうどやってきて、お餅だけたいらげていった)なんてものも。もちろん、どれも美味しくて、毎回ありがとうございますと完食。

ありがたかったのは、出産後にビシバシやらないシステム。初産と異なり、いや、高齢だから?回復度と気力が低下しているため、ずっと同室で頑張れるか、ドキドキしていた。が、8時以降は希望を出したら、預かってくれる。また、完全母乳を推してはいないので、お母さんの希望に合わせて柔軟に対応してくれる。

朝も院長さんが自ら回診して、声をかけてくださり、極力プライベートを大事にしてくださってる感があり、これから戦い?のお母さんにはありがたい配慮。

Wi-Fiスポットはないので、家族や知人と赤ちゃんの写真や動画のやりとりをされる方、入院中にAmazonPrimeを見る方は、個人のポケットWi-Fiを持っていくか、産院からiPadをお借りすると良いかも。

また、料金は最近、改定(2020/1/14時点)をされたようですが、こちらは経産婦さんの割引料金を差し引いた額が掲載されているようなので、初産の方はお気をつけ。私は精算時に予想外の出費に、ひゃーとなった一般家庭なので。定期検診費用などは、電話や受付で問い合わせをすると、事務の方が丁寧にも教えてくれた。


そして、前回の産院と違って戸惑ったのは、計画分娩だからだと思うのだけれど、入院した初日はすぐ分娩室へ直行。そこで促進剤スタートからの出産。前回は最初、入院する個室からだったので、持ち込みたい携帯や飲み物は事前に準備していた。今回は陣痛中に二人分の富士山を書こうと思って赤ペンを用意していたけれど、用意する間もなく、処置が始まり、あれよあれよという間に出産。携帯も近くになかったので、処置完了二時間後に写真を撮りたいですと申し出て撮影。もし、私同様、お一人様で出産に望む方は最初に必要な物を近くに置いておく準備をおすすめしまうす。

posted by Asako | 10:27 | - | comments(0) | - |
手術 後日談 まさかの。。。


あの切開を乗り越え翌日の再診。また、別の先生の診察。見た瞬間に、あ、こりゃ、もう一回、麻酔と切開だわとのお言葉が。。。ワタシ、心の中で、ウソだー、ウソだと言ってくれーと叫ぶ。やっと声に出たのは、あの痛い麻酔注射をまたやるんですね。。。のボヤキ。すると、ここ数日、連日通い続けているだけに、私のキモチをくみ取ってくれたのか、少し麻酔注射が痛くないようにしてあげるからねと、日曜日の診察は一人のお医者さんで回していて、2時間待ちで混み混みなのに、氷でゆっくり冷やしてくれた。

あのベテランの看護師さんも安定の優しさでお腹をなでてくれ、赤ちゃん大事だからね、ここの看護師さんはみんなママだからね、キモチよくわかるよと言ってくれた。ママにとっては、今年のPTAに始まり、ママのサポートは本当に心強い。さすが、声がけのマスターと思いながら、お隣りから聞こえてくる声がけも、つい聞き耳をたててしまうくらい、子供からクセ者?まで、まぁ、見事な声がけ。しかも、今日の先生は、それ、患者さんが一番欲しい言葉!と思う「僕が責任もって最後まで診ますから、大丈夫ですよ。」なんて宣言している。心強い言葉だけど、自信がなければ言えない言葉だなと思っていたり。

そして、私の麻酔と切開の番。お腹の子はなぜか、かぁさんの緊張を察したのか、まぁ、激しくお腹を蹴りまくっていた。元気で良かったと思いながらも、母は緊張マックス。麻酔注射は冷やしてくれたお陰で、昨日より痛くなかったのに、切開してからの、残りの粉瘤の取り除きがまぁ、痛い。今日診てくれた先生は、場所が首だからね、医師によっては、切除を思いきれないのよと本音がポロリ。ニオイがまだするて事は、まだ、どこかに残ってるって事なのねと、ドクターXを見てるみたいな解説を看護師さんにもしながら、小さい皮膚科なのになかなかの時間を私の切開に要してくれた。あ、やっぱり、ここだ、ひとつじゃなかったんだ、結構深く癒着してるなと言いながら、僕は今までこんな切開ばかりしてたからねと、しっかり残ってないか確認してくれ、ここは麻酔が届かない場所だから、痛いよね、でも、あと少しだから、頑張れぇと励ましてくれながら、終了。私のすごい手汗と少しの涙と肩凝りが、今回の痛みを物語っていた。

お母さん、頑張りましたね!と、先生も体をなでてくれ、数人の看護師さんもお疲れ様でしたと、ゆっくり休んで自分のペースで起き上がってくださいと最上級の優しさで接してくれた。一人の看護師さんは、私があまりにも深呼吸を繰り返していたので、過呼吸ではなかったけれど、念のため、血圧も測ってくれた。

明日も再診なのだけれど、終息に向かうことを願いながら、また明日も一日、病院と冬休み前の小学校保護者会で一日潰れるという、産休だけど、忙しい毎日になってしまった残念な師走。

posted by Asako | 20:32 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
シンプルに


アフガニスタンの銃撃で亡くなった中村さん、そして、余命3年のガン宣告をされたカメラマンの幡野さんの言葉には、なんだか共通することがあるなと感じている。

境遇は違えど、お二人とも素直に現実を受け入れ、その中には強い意志もあるのだけれど、自分の考えを人に押しつけることなく、こんな混沌とした世の中なのに、物事を実にシンプルに考えられている。

だから、情報整理が苦手な私には、お二人の言葉がすうっと入ってくる。いくつか、自分のメモ用に転記。

■中村哲博士

「敵を作ろうとはしていませんでした...最善の方法は、みんなと仲良くすることです...なぜなら、人々は私がそこに頼ることができる唯一のものであり、それは銃を運ぶよりも驚くほど効果的だからです」

「これからの時代、どんな人を育てていくべきか。誰か泣いている人がいたら、『どうして泣いているの?』と駆け寄ることができる気立ての良い子どもが増えてほしい」
 
「誰かに裏切られたと思っても、すべてを憎まないことが大切。その部分だけではなく、良い面もあると信じて、クヨクヨしないということが何よりも大切」
 
「ちょっと悪いことをした人がいても、それを罰しては駄目。それを見逃して、信じる。罰する以外の解決方法があると考え抜いて、諦めないことが大切。決めつけない『素直な心』を持とう」
 
「無理やりやってもダメ。悲壮感は十分な原動力にはならない。好きなことや、やめられないようなことを思い切ってやってほしい」

■幡野広志さん

子どもの記憶だって、日々たのしいことで上書きされていく。子どもだから忘れるわけではなく、それだけ人生が充実している証拠だ。

いまを生きていないおじさんほど、むかし悪かった自慢をしたり、過去の栄光という本人しかのめない酒でベロベロに酔いしれるものだ。

思い出は怖いことや不安なことよりも、たのしいことや優しいことのほうがやっぱりいいだろうとぼくはおもう。記憶が子どもの心を支えになり、守ることにもなる。


「がん患者より貴重な若者に、僕が伝えたいこと」


幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。


posted by Asako | 14:21 | - | comments(0) | trackbacks(0) |