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強い人


40歳になってから、より考える様になったのは、これからどんな自分でありたいか。ま、昔から、強い女性でありたいとは思っていたけれど、若い頃と違うのは、みんなから愛されたい欲が減ったこと。だから、どう思われても、愛してほしい人だけに、焦点を絞ることを覚えた気がする。たまたま、メーガン妃の記事を見かけて、あ〜、タフだなと思ったので、下記、自分のメモ用にそのまま転写させてもらった。先日、国内メーカー企業の数社のトップが女性になった話を馬さんと話していて思ったのは、これからの日本の女性は、地頭はもちろん海外で揉まれて、周りの評価をものともしない精神力や、男性の圧に打ち勝てるブルドーザーみたいな人じゃないと、太刀打ちできない社会になりそうだということ。


メーガン妃にとって、人々に愛されるかどうかは大切ではないという。同妃は、自らの社会的地位を使い自身が支援する様々な運動に光を当てることを重視しているため、自身の発言が反感を呼んでも心配しないそうだ。

 友人であるブライオニー・ゴードンは、デイリー・テレグラフ紙にこう綴っている。「私がメーガン妃と知り合いになってから学んだことと言えば、彼女は何事も行動に移す人で、問題があってもそれに甘んじる人ではありません。彼女は問題の中ではなく解決策の中に生きているのです」「彼女は、人々に愛してもらわなくてもいいと話していました。それよりも彼女の話を聞いて欲しいと。メーガン妃が大切にしていることは、自らの声を使い、彼女よりも恵まれない立場にある人達にも声を与えることなのです」

 またゴードンは、妃が恵まれない環境にある女性達の支援を目的にロンドンに設立されたソーシャルエンタープライズの「ルミナリー・ベイカリー」を訪問した際同行したという。その場で妃は、ベイカリーで働く女性達にこう語りかけたそうだ。「ここ(イギリス)に来てから分かったことは、私がどこかへ行く時、人々はある種の期待を持っているということです。ですから私は、リラックスしようと思ったんです。ただみんなで楽しくやって行きましょうと。だって私達は結局のところ、みんな同じ女性なのですから」「私達は皆、語るべきストーリーがあります。私は、あなた方のものを聞けて光栄です」「全ての層を全て取り除いてしまえば、人間として、そして特に女性として、お互い深い繋がりがあり、そして共通の理解を見出すことが出来ると分かりました」「私達の人生、生まれ育った環境、経験はそれぞれ違います。しかし、私達が繋がった時、私達の希望、恐れや不安、そして嬉しく思うことは、ほぼ同じだということが明瞭になります。それは安らぎを感じられるものではないでしょうか」

posted by Asako | 13:53 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
持つべきものは友


大学の友人に15年ぶりに会った。一人は北海道だから、もしかしたら、次会う機会はないかもしれないタイミングで、彼女がオーストラリア出張帰りに東京に寄ってくれた。

年を重ねても、飾ることなく、いつも通り、それぞれのペースで話して、それぞれのペースで言いたいこと言って、それぞれのペースで歩んできて、今に至り、変わっているようで、ベースは変わらない心地よい時間だった。涙が出るくらいずっと笑い通したから、きっと、胎教に良い影響が出たと思う。

以前、Twitterにも書いたけれど、人間が変わる方法は3つしかないそうで、1番目は、時間配分を考える。2番目は、住む場所を変える。3番目は、付き合う人を変える。

中学→高校→大学は、まさにこの3つが揃ったわけで、私自身は変わったかはわからないけれど、その期間に出会ったみんなにはかなり刺激と良い影響を受けたと感じている。

不思議だったのは、久しぶりに会ったのに、朝さんに会うと、なんだかキリッとしなきゃってなるねと言われたこと。みんなの方がずっと優秀でアクティブで、私は人生、9割、面倒くさい、ザ・大雑把で生きてきただけに、そこだけ聞くと、なんだか偉そうに生きてきたなぁと。しかし、持つべきものは友達で、たまに会うと、別に普通の話をしているだけなのに、井の中の蛙になりかけていた自分の姿勢を正される。

写真はなぜか、誰かが、新宿駅の看板を入れて撮ってもらうと言い出し、酔っ払いのおじさんに撮ってもらった、初めての上京で浮かれている集団の図。みんな東京で働いているのにね。

posted by Asako | 20:17 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
サイコパス


突然だけれども、子供の顔(表情)は本当に私には思いっきり突き刺さる。こんなにも大人の顔色を見て、これ以上責めないでという必死さが伝わってくる。泣けばいいのか、泣いたら済むのか、甘えやがってと、号泣する子供に向かって、何度も罵倒する。これはお前のためだと大人は言う。お前がわからないから、ずっと言い続けてやると脅す。これが子供にどんな変化をもたらすのか、どこまで考えているのだろうか。どうせ馬鹿だから、理解できないんだろ!?と言う大人。理解していないのは、大人のあなたですと私は思う。子供のあんな怯えた顔を見たら、普通の人は、我に返ることができるから。サイコパスの境目はここなのかもしれない。痛みがわかる人間ではないのだから。

もし、私が目の前で同じ状況に遭遇したならば、私は誰にも助けは求めないけれど、血のつながった子供は命をかけて守る覚悟はできている。それくらい大事な命だから。

先日、持ち回りで学校の読み聞かせをしてきた。2冊目を英語で取り組んでみたら、みんなの顔が眩しいくらいキラキラしていて、こども達の素直さと将来を、大人は本当に大切にしなくてはいけないなぁと改めて思っていたり。


posted by Asako | 12:17 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
言葉のチカラ


前に書いたかもしれないけれど、言葉の持つ影響力は、計り知れないと、改めて思う事があった。言葉を発する側も受け取る側も、性別、文化、年齢、現在の環境、病気や障害、気持ちの余裕、今まで育った環境など、いろいろある要素が入り組んだ中で、100%通じ合えることの方が、難しいことを忘れてはならないと気を引き締める出来事だった。

ややこしいのは、悪ふざけ、自己満足、嫉妬、プライド、理想のからみは、事を大きくしたり、より複雑化し、発信している側には罪悪感がない場合が多いので、個人的には避けて通りたい。小さい頃に、私は両親から暴言を聞いたことは一度もないのだけれど、大人になってから、裏でいろいろあった事を聞いて、ま、それは普通の家族の姿で、ただ、小さい頃に目のあたりする事がなかったのは、とても感謝している。

そして、小学生の私が一度、罪悪感もなく、近所の友達一人を仲間外れにして、仲の良い女子グループみんなで言葉の暴言を吐いてしまい、友達を傷つける結果を招いた。いじめ発覚後にすぐ、グループ全員の親が集まって、どういう事なのかと問い詰められ、夜には帰宅した父から、こんな娘を持って情けないと男泣きされた日を今でも鮮明に覚えている。

その逆もあって、人が何気なく発した言葉が、今でも自分の支えになっている事がたくさんある。きっと、他の人が聞いても、ふぅ〜んで済まされる、普通の言葉なのだけれど、当時置かれていた状況やタイミングによって、その言葉は、私に深く刻み込まれた。今まで何度助けられて、迷った時にうん、これなら後悔しないと指標になったか。しかも、その中のひとつは、留学していた時の寮のフロントのおばちゃん。よく話をする間柄ではなかった人だ。でも、当時は言われた瞬間に相手がびっくりする程、号泣した。

そして、今、犬を飼ったり、親になって実際思う事は、動物だから、小さいから、聞いていないだろう、理解できないだろうは通用しないこと。彼らは、判断材料が少ないからこそ、あるがまま、自然のままを受け入れて、空気感と表情(顔色)などから、敏感に汲み取ってしまう。そして、すべて自分のせいでこんな事が起きてしまっていると、自分を責めることから始めることが多い。

短期間だったけれど、幼児教室で働いていた頃に、たくさんのこども達に出会い、感じたことでもあった。その教室は、月謝が高い教室で、みなさんがとても教育熱心で、こども達の地頭も良かった。学校と塾、部活など、朝から晩までお休みもなく毎日頑張るみんなが、ふと事務の私に、先生あのね。。。と話してくれる中には、それはキミのせいじゃないよと思うことがあって、ちょっとしたすれ違いも、一生懸命、なんでだろう、どうしたらお母さんは喜んでくれるだろう、怒らないでいてくれるのだろうと、葛藤している姿を垣間見た。そこは各ご家庭の問題だし、他人の私が入るなんてもっての他なので、そうなんだねと聞くことに徹した。ただ、本当にびっくりしたのは、こんな忙しいのに、こんなに小さい子が、自分の甘えたいという欲望を抑えて、一番近くの味方の笑顔が見たくて、どうしたらと一生懸命に悩む部分が見て取れて、印象的だった。

本当にこれからもずっと気をつけたい、言葉の持つチカラ。そして、自分の子供にも、言い続けなければいけないと思っている。

posted by Asako | 11:45 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
かんちゃんスイッチ


かんちゃまんは、親の私がドキドキするくらい、昔から赤ちゃんや小さい子が大好き。外出先でも、小さい子を見つけると、ロックオン。だから、兄弟ができたことは、まぁ、わかりやすく、彼に火をつけた。

薬屋さんでは、ベビーフードのコーナーにはりつき、1歳からのうどんとゼリーとパスタを買うと言いだし、あ、アンパンマンもいいね!と追加をしようとする。ナイキショップでも、一番最初に連れて行かれた場所が、弟の靴はこれがいいと思うよ!と見せてきた。昔、あまり見ていなかった教育テレビも、予習と言わんばかりに、弟のためだと言って見ている。

お腹を触って、胎動を感じては、父ちゃん、すっごい動いたよ!と何度触っても、初めての様に、馬さんに報告している。

ありがたいことだけれど、彼のほうが母乳出るんじゃないかくらい、母性本能が強そうで、今からドキドキしている。知らない子をロックオンするよりはいいかと思いながら、来年はなかなか賑やかな年になりそうだと思っている。

写真は馬さんの背中がフィットするらしい柴。

posted by Asako | 13:11 | - | comments(0) | trackbacks(0) |