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手術 後日談 まさかの。。。


あの切開を乗り越え翌日の再診。また、別の先生の診察。見た瞬間に、あ、こりゃ、もう一回、麻酔と切開だわとのお言葉が。。。ワタシ、心の中で、ウソだー、ウソだと言ってくれーと叫ぶ。やっと声に出たのは、あの痛い麻酔注射をまたやるんですね。。。のボヤキ。すると、ここ数日、連日通い続けているだけに、私のキモチをくみ取ってくれたのか、少し麻酔注射が痛くないようにしてあげるからねと、日曜日の診察は一人のお医者さんで回していて、2時間待ちで混み混みなのに、氷でゆっくり冷やしてくれた。

あのベテランの看護師さんも安定の優しさでお腹をなでてくれ、赤ちゃん大事だからね、ここの看護師さんはみんなママだからね、キモチよくわかるよと言ってくれた。ママにとっては、今年のPTAに始まり、ママのサポートは本当に心強い。さすが、声がけのマスターと思いながら、お隣りから聞こえてくる声がけも、つい聞き耳をたててしまうくらい、子供からクセ者?まで、まぁ、見事な声がけ。しかも、今日の先生は、それ、患者さんが一番欲しい言葉!と思う「僕が責任もって最後まで診ますから、大丈夫ですよ。」なんて宣言している。心強い言葉だけど、自信がなければ言えない言葉だなと思っていたり。

そして、私の麻酔と切開の番。お腹の子はなぜか、かぁさんの緊張を察したのか、まぁ、激しくお腹を蹴りまくっていた。元気で良かったと思いながらも、母は緊張マックス。麻酔注射は冷やしてくれたお陰で、昨日より痛くなかったのに、切開してからの、残りの粉瘤の取り除きがまぁ、痛い。今日診てくれた先生は、場所が首だからね、医師によっては、切除を思いきれないのよと本音がポロリ。ニオイがまだするて事は、まだ、どこかに残ってるって事なのねと、ドクターXを見てるみたいな解説を看護師さんにもしながら、小さい皮膚科なのになかなかの時間を私の切開に要してくれた。あ、やっぱり、ここだ、ひとつじゃなかったんだ、結構深く癒着してるなと言いながら、僕は今までこんな切開ばかりしてたからねと、しっかり残ってないか確認してくれ、ここは麻酔が届かない場所だから、痛いよね、でも、あと少しだから、頑張れぇと励ましてくれながら、終了。私のすごい手汗と少しの涙と肩凝りが、今回の痛みを物語っていた。

お母さん、頑張りましたね!と、先生も体をなでてくれ、数人の看護師さんもお疲れ様でしたと、ゆっくり休んで自分のペースで起き上がってくださいと最上級の優しさで接してくれた。一人の看護師さんは、私があまりにも深呼吸を繰り返していたので、過呼吸ではなかったけれど、念のため、血圧も測ってくれた。

明日も再診なのだけれど、終息に向かうことを願いながら、また明日も一日、病院と冬休み前の小学校保護者会で一日潰れるという、産休だけど、忙しい毎日になってしまった残念な師走。

posted by Asako | 20:32 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
シンプルに


アフガニスタンの銃撃で亡くなった中村さん、そして、余命3年のガン宣告をされたカメラマンの幡野さんの言葉には、なんだか共通することがあるなと感じている。

境遇は違えど、お二人とも素直に現実を受け入れ、その中には強い意志もあるのだけれど、自分の考えを人に押しつけることなく、こんな混沌とした世の中なのに、物事を実にシンプルに考えられている。

だから、情報整理が苦手な私には、お二人の言葉がすうっと入ってくる。いくつか、自分のメモ用に転記。

■中村哲博士

「敵を作ろうとはしていませんでした...最善の方法は、みんなと仲良くすることです...なぜなら、人々は私がそこに頼ることができる唯一のものであり、それは銃を運ぶよりも驚くほど効果的だからです」

「これからの時代、どんな人を育てていくべきか。誰か泣いている人がいたら、『どうして泣いているの?』と駆け寄ることができる気立ての良い子どもが増えてほしい」
 
「誰かに裏切られたと思っても、すべてを憎まないことが大切。その部分だけではなく、良い面もあると信じて、クヨクヨしないということが何よりも大切」
 
「ちょっと悪いことをした人がいても、それを罰しては駄目。それを見逃して、信じる。罰する以外の解決方法があると考え抜いて、諦めないことが大切。決めつけない『素直な心』を持とう」
 
「無理やりやってもダメ。悲壮感は十分な原動力にはならない。好きなことや、やめられないようなことを思い切ってやってほしい」

■幡野広志さん

子どもの記憶だって、日々たのしいことで上書きされていく。子どもだから忘れるわけではなく、それだけ人生が充実している証拠だ。

いまを生きていないおじさんほど、むかし悪かった自慢をしたり、過去の栄光という本人しかのめない酒でベロベロに酔いしれるものだ。

思い出は怖いことや不安なことよりも、たのしいことや優しいことのほうがやっぱりいいだろうとぼくはおもう。記憶が子どもの心を支えになり、守ることにもなる。


「がん患者より貴重な若者に、僕が伝えたいこと」


幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。


posted by Asako | 14:21 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
田舎もの


私は岩手県で生まれ、高校まで過ごした。先日、馬さんとたまたま環境因子の話をしていて、改めて思ったのは、自分は田舎で育って良かったと。

生活感がないと周りから言われていた少し変わっている?母の影響もあり、田舎暮らしでも、小さい頃から、私の都会や海外の憧れは人一倍強かった。

けれど、人生の大きな分岐点で理想とは異なる道を選んできた背景には、田舎精神?が大きく左右したのかもと感じる時がある。大学も当初予定していたボストンから、ど田舎のペンシルバニアに変更。職場も新宿から、八王子へ。きっと、それはドライすぎる人間関係や環境を避けている?しっくりこない?自分がいるからだ。

それは先日、カンブリア宮殿で特集されていた父上の故郷の煎餅メーカー「小松製菓」さんの社長さんの言葉でも、あ、これだと感じていたり。岩手県の人はみんな確かにこんな感じだと。

「母が言ってました、『あなたが好き、幸せになってね』と思えば、その気持ちは返ってくるものだと。こっちがその人の幸せを考えてあげれば、自然にこっちの事も考えてくれる。その同じ気持ちが相手から引き出されるもんだという事を言ってましたので、今もその精神を引き継ぐようにしています。」

「みんな、真面目なんですよ。陰日向なく、立派なんです。」

この温かみや真面目さが少なくとも、自分もいつもこうありたいなぁというベースになっていたんだと。これは都会では感じにくい要素で、田舎ならではの人間味や風習がいつの間にか自分に染みついて、それが心地が良かったのだとこの年になって感じている。

posted by Asako | 07:47 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
初めての手術。いや、小さい切開だけれども。



大げさだけれど、お陰様で私は今まで大病やら、手術をしたことがないため、めっぽう、切開とか痛いという言葉に弱く、免疫がない。だから、今回、粉瘤とやらを放置→化膿→切開になった自分をかなり悔やんでいる。

まず、粉瘤が首の頸動脈の上にできていたことは、医療関係の仕事をしている家族に囲まれて生きてきたため、内臓やら血管やらの部位と病気を頭にすり込まれている私でも、まぁ、嫌なところにあるなとは、自分でも気づいていた。

でも、人生万年面倒くさいベースで生きているがために、ま、命にかかわるものではないしねと、今回は完璧に見て見ぬふりをしていた。実家にいる時は、私の性格を知り尽くしている母が、明日行ってきなさい!と無理やり病院へ引っ張りだしていたので、こんな事にはならず。。。

話は戻り、ただいま妊娠後期で、今回はかんちゃまんの時と異なり、重いつわりから始まり、後期もカタログ数冊持てないくらい力が出ず。あー、産休って大事だねと思うくらい第一子とは全く違う状況。

そんな中、違う部分が痛み出し、切開になる始末。優しい女医さんが、あー、あー、とこんなコンボだから、苦笑いしていた。はははーと、私も状況を把握しているだけに、苦笑いして返すみたいな残念な初診を迎え、2日後の産休に入ったら、すぐ切開!と言われ、落ち込み、仕事納めなんてことより、はよ、この切開を納めたいねと頭の八割は切開·切開·切開で埋め尽くされた。

良かったのは、この皮膚科の看護師さん達とお医者さんがぶっきらぼうではなかったこと。病院で一番避けたいのが、患者さんの対応を業務的に流れ作業でこなす病院。この皮膚科は電車で通う場所だけれど、スタッフさんの声がけや院内の案内も管理されていて、よく待合室で見受けられるイライラ患者さんがいなかった。個人的な意見だけれど、これは結構大事な要素で、病院で普通でさえ、ナーバスになっている人に追い打ちをかける空気感がないと負の連鎖もなく、ありがたい。

切開当日、朝から切開のカウントダウンが始まり、病院へ。お医者さんは男性に変わったのだけれど、淡々と、かと言って優しくないわけではない人が、じゃ、やっちゃいましょうと。が、私の恐怖心は拭い切れず、やたらと深呼吸をしまくる。が、ここで、かんちゃまんの出産時同様、救世主現る。初診でも一緒にみてくれたベテランの優しい看護師さんが、切開時にお腹の部分に手をそっと、おいてくれて、安心させてくれた。これ、麻酔より効くよ!と思いながら、切開終了。

そして、今。麻酔が切れたらどうなるのよと思っているけれど、実は痛みに弱いか強いかと言えば、強い方だと思っていたり。それは出産時に裏づけされており、陣痛の時から館内外に響きまくるほど発狂していたらしいイモウトとは異なり、分娩室に入るまで一切、看護師さんを呼ぶことなく、ひたすら一人深呼吸で大きな声も出さず、乗り越えた経験があるからだ。助産師さんにも、すみません、ブザーも特に鳴らなかったから、他の患者さんにかかりぱなしで、放置したみたいになってと謝られたという過去がある。つまりはだ、私が痛みに弱いのは、まぁ無駄に大きな想像で出来上がっていて、あー、大変だよー、死んじゃうよー、チビッちゃうかもしれないよーと、一番残念なタイプの人間じゃないかと、今回の件で実証されてしまった。性格なので、対策や防止策はないけれど、放置はやめようと少しだけ反省しましたとさ。おわり。


posted by Asako | 20:08 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
胃腸炎物語


かんちゃまんが胃腸炎になりまして、これは免れないぞと思っていた通り、彼が治った翌日に発症。仕事終わりかけに、きたかもとお手洗いへ。見事に上下から、スパーク。無事に帰宅できるかがミッションとなりまして、18時に会社を退社。そこから、夕食を買うことと、路上でスパークしない様、300mずつ、トイレ行商が始まる。その点、住んでいる場所がある程度の都会で良かったと感謝。なんとか、20時に帰宅し、もう一人の体調悪い大人と、お互いわぁわぁ言いながら、とりあえず眠りにつく。夜中にむくむく起きてきた、息子さんに遅い夕食をすみませんねぇと言いながら、提供。たまたま翌日はお休みだったので、ウィルスを体内から追い出すことに専念し、飲まず食わず。我ながら良い判断をしたねと一日半で、通常復帰。しかし、体調崩すと、精神的にも体力的にもキツイ。ノロよりは軽いが、やはり、健康でいられることに感謝。


写真は学習発表会。いつだって、ツッコミどころ満載のかんちゃまんに元気づけられる。

posted by Asako | 13:23 | - | comments(0) | trackbacks(0) |